「折」ではありません、「拆」です。「拆」と書いて「chai(チャイ)」と読みますがインドのミルクティーではなくて「解体する」「取り壊す」という意味の中国語です。この「拆」という漢字は今や天津の至るところで見ることができます。
平等社会を理想とする共産主義のこの国では、当然のことながら土地の権利は全て国家に属します。企業のビルもマンションもスーパーも、それぞれ社長、大家、オーナーという人が存在しますが、この人たちに建物自体の所有権はあっても土地の所有権はありません。卑近な例を挙げると、私は現在アパートの一室を賃貸契約して住んでいますが、私の大家とてただこの一室を所有して私から家賃を搾り取っているに過ぎず、土地の所有権までは持っていません。国が「ココに遊園地、造るアルヨ」と決定すれば、大家は有無を言わず速やかにこのアパートを国に明け渡さなければならないのです。住民である私の意見なんか当然意に介してもらえるわけがありません。たとえこれが健康な20代の女性ではなく寝たきりのおじいちゃんであっても、です。無情です。
とは言え、国とて予告なしに突然土地を取り上げるなどという無慈悲なことはしません。ではどんな予告をするのかというと、それがこの「拆(チャイ)」マーク。土地を取り上げる一定期間前に、建物の壁にペンキで「拆」の字が書かれます。これが立ち退きの合図で、住民はこの字を一目見たその日から急いで家財道具を整理し、新しい住居を探さなければなりません。事実、私の大家のお母さんの家が先日「拆」に遭いました。大家はお母さんを私たちが借りているアパートに住ませたいと、私に立ち退きを要求してきました。というわけで私、現在せっせと引越しの荷造りをしています…涙。これっていわゆる「拆」の二次災害。「拆」は我々外国人にとっても遠い話ではないのです。
なお、「拆」にもいろいろあります。ただ「拆」とあれば、全部取り壊すから完全に引越しなさい、ということです。中には「拆1M→」というのもあります。これの意味するところは、ここから1メートルだけが必要だから取り壊すけど、建物を半壊させて住み直すもよし、全部建て直すもよし、建物のことは関与しないからあとは住民のほうで勝手にどーぞ。住民にとっては甚だ迷惑な話です。
この世にも恐ろしい「拆」マーク、実は3週間前までは成都道の至るところに書いてありました。繁盛していそうな小奇麗な茶館や新しいブティックの壁、赤土の煉瓦が美しいアパートの塀…そこここに「拆」マークが書かれているのを見るにつけ、同情心が胸の底からぐぐっと湧き上がってきたものでした。今回の「そぞろある記」ではその有様を皆さんにとくとご覧いただこうと思って立ち上がったのですが、このたった3週間の間に、「拆」と書かれていたほとんどの建物が姿を消してしまいました。代わりに、青いトタンの壁ができ、その陰で新しい建物の建設が着々と進行していました。
このように、天津では、「五大道風情区」などと歴史文物の保護が進められている一方で、古い建物はどんどん解体され、ピカピカの新しい建物に建て替えられています。古い建物をそのまま残しておくのは震災などの危機管理上よくないことかもしれません。でも、次々と新しくなっていく建物を眺めるにつけ「そんなに簡単に壊していいの?」と感じないではいられません。