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      文文の中国茶道体験記47  

   

第47回 宜興(YiXing)の紫砂壷

『紫砂壷』は中国茶を煎れる魔法の壷。この壷で茶を入れると色味香りがまろやかになると言われています。この壷が作られているのは宜興(YiXing)太湖の西岸にあり『陶都』と呼ばれる町です。この地で産する急須は中国国内外でも知名度が高く、特に工夫茶を楽しむ台湾・香港・福建省などにはこの茶壷のコレクターが数多くいます。この壷は使えば使うほど艶が出て、ついにはお湯を入れただけでも茶の香りがすると言われています。

宜興市中心部には市場があるのみで、実際に作家工房があるのは『丁山』。今回は代々茶壷つくりを営む曹さんの工房にお邪魔しました。

時代と共に変化する中国茶の道具

遠い昔、陸羽が茶のバイブルと言われる『茶径』を書いた唐代はお茶の点て方が複雑で茶道具も25種類ある。

宋時代は『点茶法』を用いるようになる。攪拌してお茶を点てる方法で、この方法が日本の抹茶法の源流といわれており茶道具は9〜12種。

明代になり農民出身の皇帝 朱元璋が『団茶禁止令』を出し、中国茶は葉茶で飲むようになる。飲み方も簡単になり茶道具も簡素化され、茶碗と茶壷が主要な道具となる。そして脚光をあびてくるのが紫砂壷といわれる急須。

 

紫砂壷は宜興(YiXing)で採れる特殊な土を使って焼き上げます。この土は鉄とけい素が多いのが特徴で、紫砂壷で茶を煎れると色・香り・味がまろやかになると言われています。

先日同里の茶会で知り合った、曹さんの工房のお招き頂きました。先祖代々紫砂壷作りを営むお家柄です。

紫砂壷の原石 紫砂泥・緑泥・紅泥などがありそれぞれ黒紫、紫褐色、薄灰色、薄黄色などに変化する。作業はすべて昔ながらの手作り。まず、土を徹底的にこねることから始まる。
こねた土を木槌で叩いて伸ばして茶壷の胴体とパーツを作っていく。
木槌とへらの手作業で、密封性のあるフタをつくり・・、正確に仕上げていくのはまさに職人技。
パーツをくっつけ、茶嘴の穴をあけ、形ができたら釜で焼き上げる。1180℃の高温で焼き上げ800℃近くまで下げ(この時が一番壊れやすいそう。)と工房の裏にある釜で約3日間かけ焼き上げる。
本物の紫砂壷はすべて1点もの。ちなみに急須1個のお値段は数千元。父上の茶壷はなんと!数万元。中国大陸南方人は工夫茶を楽しむため小さめの急須、『大気』を美とする大陸北方人は大きめの急須を好むそうだ。
曹さんの工房と同じ階にあるのが、現代著名作家の『蒋容』の工房。彼女の作品は女性らしく蛙や蓮の花のモチーフにしたものが多い。以前はこの建物のみで紫砂壷が作らていたが、開放改革と共に宜興の至るところで壷が作られるように。しかし、この建物に工房があるのは今でもかなりステイタスだ。

 紫砂壷に関する注意

買い求める時の注意:茶壷にいっぱいの水を入れ、フタをしてしっかり気孔を指で塞いで傾ける。水が出ないものが密封性があり良い。

新しい茶壷を使う時の注意:まず鍋に水を入れ茶壷と茶葉といっしょに20〜30分くらい煮てから使い始めると良い。

茶壷の扱い方:紫砂壷は香りを吸いやすいので、茶葉の種類ごとに茶壷を分けるのが理想。1種類のお茶専用の茶壷にする必要がある。又茶壷は香りを吸いやすいため、洗剤を使って洗ってはいけない。湯ですすぎ逆さにして乾かすだけで良い。

養壷:使い込んでいくうちに茶壷の肌は深みのある光沢が出てくる

    

 

 『中国宜興陶瓷 博物館』

宜興市丁山北路150号

0510-7188321

2004年に改築された50年以上の歴史のある博物館。明代以降の著名な作家の紫砂壷を見ることができる。

明代著名作家:供春(1506頃〜1566年)時大彬(1580頃〜1650年)など

現代著名作家:顧景洲(1913〜1996年)朱可心、蒋容、王寅春など

*現在は高速道路ができ、上海市内から丁山まで車で約3時間30分で到着。(宜興西インターで降りる。)

 

 


 

                                     2005年12月ギコウ取材:文文



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