上海の発展と開発ともに、失われつつある租界時代の歴史的建造物にスポットをあてる「KONOKの租界探索−虹口編−」の後編です。 後編は横浜橋から旧日本総領事館までを掲載します。
前編「天鵝賓館から横浜橋まで」は、こちら>>>
大一サロン
当時、高級サロンとしてその名を馳せた。
少佐以上の者しか入場を許されなったとの話も残る。2階は個室になっており宿泊ができた。
ダンスホール
取り壊される租界
他地区より遅れている開発を促すように、この地区の開発が急ピッチで進む。
西本願寺
1931年、岡野重久設計により新堂が完成。
築地本願寺を模したインド風建築が独特な雰囲気を醸し出している。
本圀寺 日本の日蓮宗の寺院。
1899年、妙覚寺別院として乍浦路に開院された。 1922年、本堂完成。大正末期の信徒数は500人を数えた。
リッツ劇場 1932年11月開場。
日本占領下では、中華劇場株式会社の直営館として上海国際劇場となり、日本映画を上映した。
景林堂
米国メソジスト派の教会。
宋慶齢の父(宋耀如)が一時ここで牧師を務め、宋一族がしばしば礼拝に訪れた。
上海日本居留民団 1907年に設立された上海在住の日本人ための自治団体。
「日本租界」の自質的な管理機構として、傘下に最多時180近くの町内会組織をもった。 所得に応じて民団課金を徴収し、学校、診療所、火葬場などの経営にあたった。
虹口警察官舎
租界警察の日本人巡査の家族用アパートとして1931年竣工。 エレベーターが設置されるなど、当時の最新設備を備えていた。
現在は中国公安部の家族用宿舎として利用されている。
萬歳館
1904年創業の旅館。
佐藤春夫や芥川龍之介も宿泊していた。 芥川龍之介が当時3階に住んでいた時に、ここのメイドの女性に恋心を抱いたという話が残っている。
旧日本総領事館
明治初年に開かれた上海出張所が1891年に正式に日本総領事館に昇格。
現存建築は1911年の竣工。
「上海歴史ガイドマップ」 木之内 誠 著